救うもの、救われるもの 



「―やぁ、鷹通」

世の女性たちを虜にする甘い声が彼を呼んだのは、そろそろ仕事を終えようとしていた頃だった。
手の上で広げられていた書物を丁寧に戻しながら、鷹通は振り向きもせずため息を漏らす。

「・・・珍しいですね、貴方がこちらにいらっしゃるとは」
「つれないねぇ。君に会いたくて、せっかく姫君たちの誘いを断ってきたと言うのに」
「では、私の身に何かがあったら、確実に友雅殿の責任ということですか。
 原因さえ分かれば、慰謝料の請求のし甲斐もあるというものですよ。感謝します」
「・・・最近、本当に君も面白いことを言い出してきたね」

いつもの微笑みを浮かべてはいるものの、その言葉に込められたものはかなり怖い。
思わず苦笑する友雅だったが、さすがに背中に寒いものが走ることだけは止められなかった。
そんな友雅に小さく笑うと、鷹通もそのまま彼の元へ向かう。

「お褒めに預かり、光栄です」
「どういたしまして、と言うべきかな?」
「いえ、結構です」
「・・・だろうね」

・・・本当に最近の鷹通は毒舌と言うべきか、昔よりは冗談が通じるようにはなった。
とは言え、この成長はあまり嬉しくないものである。何しろ、あまりからかうと逆襲が待っているのだ。

「では、行きましょうか」
「どこへ?」
「神子殿の元へ行かれるのではないのですか?」

そのために自分の元へ来たのではないか。驚いたように、鷹通は目を丸くした。
確かに、友雅はそのために彼の元へ来たのかもしれない。一応、八葉という仲間柄だから。
だが、その問いかけに対する友雅の表情は、今までになく冷めたものだった。

「やれやれ、面倒だねぇ・・・」
「友雅殿」
「ねぇ鷹通、神子殿は何のために京に来たんだろうね?」
「・・・友雅殿?」

大して興味もなさそうに尋ねられた言葉。いつもと様子が違う友雅に、顔をしかめる。

「どうなさったのですか?」
「答えなさい、鷹通」
「・・・神子殿は、この京をお救いするために来られたのです」

―そう、龍神の神子は京を救う救世主なのだ。だから、京を守るために存在する。
そんな彼女を守るのが、鷹通たち八葉の務め。今となっては、それが当たり前になっていた。
だからこそ、今更そんなことを尋ねてくる友雅の真意がつかめない。

「そう。神子殿は、この都を守るために龍神が遣わせた存在・・・」
「ええ、そうです。だから・・・」
「だけど、彼女が守っているのは京の何だい?」
「・・・?」
「龍神の神子は、一体京の何を守っているのだろうね?」

・・・ますます分からない。一体彼は、自分から何を聞きだそうとしているのか。
さらに混乱を深める鷹通に小さく笑いながら、友雅は言葉を続けた。

「確かに彼女は今、怨霊を封印して、鬼を倒そうとしている。
 それは京にとってはまさに救いであり、我々が望んでいることでもあるね」
「・・・」
「けれど、その後の京はどうなる?」
「・・・その後、ですか?」「彼女によって、この京は本当に救われると思うかい?」

龍神の神子は、京を滅ぼそうとしている因子を倒すための働きかけを必死に行っている。
だが、その因子が取り除かれた後、果たして京に何が残ると言うのか?
飢饉や飢えは、決して鬼や怨霊だけがもたらすものではない。貧困も同じだ。
つまり、鬼や怨霊がいなくなっても、京は何も変わらない。民も、貴族も何もかも。

「・・・それは・・・」
「結局、こんなことをしても喜ぶのは我々だけだよ。民は何も変わらない。
 生まれて死ぬまで、永遠に苦しみ続ける。・・・果たして龍神の神子は、それをどうにかできるのかな?」
「・・・」

例え龍神の神子であろうとも、こればかりはどうしようもない。救えない。
ならば、神子の存在は何にとっての救いなのだろうか?誰にとっての救いなのだろうか?

「友雅殿は、神子殿に京を救って欲しくないと?」
「そうは言っていないよ。鬼に支配されていたのでは、楽が出来ないからね。
 ただ、あのような少女に全てを任せたところで、所詮は人。・・・限界があるのだよ」

どんなに頑張っても、救われない存在がいる。どんなに苦しんでも、救えない存在がいる。
ならば、龍神の神子は何のために存在するのか。何のために、この世界を救うと言うのか。
・・・結局は、京の全てを救うことなど・・・。


「・・・そこは、我々が救うべきなのではないのでしょうか」


―不意に、鷹通が口を開いた。

「確かに、京を救うという意味の中にその部分は含まれていないかもしれません。
 ですが、そこまで神子殿に押し付けてしまうというのは、我々の身勝手ではないでしょうか」
「・・・身勝手、ね」

・・・龍神の神子が救うことが出来る部分は、限られているかもしれない。
いや、実際に限られているのだ。いくら神の申し子と言っても、限界というものはある。
だが、だからと言って誰が彼女を責められるというのか。自分たちの世界を救うように言っておいて。
本来ならば自分たちで解決すべきところを、関係のない人間にやらせておいて、何が言えるのか。

「神子殿は嫌がることもせず、我々のために一生懸命頑張っておられます。
 関係のない世界だと言わず、全てのものに慈愛の心を持っていらっしゃいます。
 ・・・そんな方に、これ以上我々の身勝手を押し付けることは出来ませんよ」
「では、我々が解決しろ、と?」
「本来、そうあるべきなのです。鬼の件も、民の件も」

京を救う救世主。そんな言葉を掲げて全てを押し付けてしまうのは、あまりにも傲慢だ。
はっきりと答えた鷹通に、しばらく友雅は何も言わずに沈黙を続けていた。
だが、そんな沈黙も長くはない。すぐに口元が緩むと、肩を震わせながら笑いを溢した。

「っくくく・・・君らしいねぇ・・・」
「なっ!友雅殿?!」
「全く、帝の膝元でそんなことを言えるのは君くらいだよ」
「・・・褒められた気がしませんよ」
「褒めてるんだよ、素直に受け取りなさい」

こんなところで、下手をすれば首を切られかねない発言をあっさりしてしまうとは。
本当に生真面目な鷹通を、友雅は心から信頼できると感じていた。
これならば、大丈夫だろう。彼は京に大きく貢献できる、貴重な存在だ。

「しかし友雅殿、先ほどの質問はどういう・・・」
「いや、気にしなくていい。忘れたまえ」
「忘れ・・・」
「情熱を忘れてしまった、愚かな男の戯言だよ」

そうは言われても、普通は忘れることなど出来ないだろう。鷹通とて同じだ。
戸惑ったような困惑の表情を浮かべる彼を横目に、友雅はそのまま歩き出した。

「ほら、置いていってしまうよ?」
「?どちらへ行かれるのですか」
「・・・神子殿の元へ行くのではなかったのかな?」

八葉である君が何を言っているのか。そう言って呆れる友雅は、いつもの彼に戻っていて。
こうなっては、もう聞きだすことは出来ない。彼の真意は、しばらく闇の中だろう。
・・・だが、それでもいいかもしれない。何となく、彼の思いは伝わってきたのだから。

「・・・ええ。では、参りましょうか」

小さく微笑みながらうなずく鷹通。それを見て、友雅も美しい笑みを浮かべた。


―龍神の神子に救われるのは京
 だが、京を本当に救うのは・・・京の民であることを忘れてはいけない・・・

=終=

作者様(神羅 叶様)よりのコメント
 
はい、流架さんからのリクエストで白虎のお話を書かせていただきましたが・・・意味不明でっす!!(おい)
何でか分かりませんが、異様にシリアスです!!
最近の私、こんなんしか思い浮かびません!!ギャグが消えていく!!
と言うか、これは結構いつも思ってること。
他人任せに自分の全てを委ねるなって、遙かプレイ中に何度思ったことか
・・・何か、鷹通さんが疑問に思いそうなことを何で友雅さんが・・・(汗/単にシリアス友雅さんが書きたかっただけ)
流架さん、苦情&返品可能です。
ですが、どうか怒らないでください・・・リクエスト、ありがとうございました!



という訳で、神羅様のHPで14500番を踏んだときにリクエストさせて貰いました〜!!
シリアス・・・いいじゃないですか☆
苦情なんてありませんともvまして、返品なんてとんでもない!!
ありがたく頂きます〜!!
それにしても、白虎組みの絡みが萌えv
友雅さんがわざわざ鷹通を捕まえて問いかけるあたりが・・・!!
裏に置くことも考えましたが、それではこの素敵小説を読める人が限られてくるので表に。
邪推しなければ大丈夫ですしね〜。(何が?)