Graduation 



空には月がかかっていた。



公園に一人、女がいた。
女というより、少女という形容が似合う、そんな年頃の女性。
大人と子供の狭間で揺れ動く少女の名は、アンジェリーク・コレットといった。


コレットは空を見ていた。
深緑の瞳が銀に輝く月を映す。
けれどコレットの瞳はその見事な月ではなく、ただ、空を見ていた。


それは、何かを考えるときの彼女のクセだった。
それは、元々は『彼』のクセだった。
いつかの彼と同じように空を見上げ、コレットは彼に思いを馳せる。


始まりはなんだったんだろう?
自分に問いかけて、コレットは少し笑った。
それは綺麗な笑みだったけれど、それは自嘲のもの。


始まりはなんだったんだろう?
その儚げともとれる笑みのまま、コレットは思い出す。
深く沈めていた、けれど、まだ新しい思い出。
そう、あれからまだ季節は巡っていない。


始まりは、あの人が声をかけてくれたこと。
きっとあの人にとってはなんでもないその行為。
それに私は救われて、そしてその時、きっと恋をした。


胸で呟いて、コレットは俯いた。
それは、最初からの彼女のクセ。
思いに沈んだ時の彼女のクセ。


思い出す…なんて嘘だった。
ただ一度も忘れたことのないその思い出。
深く沈めてもなお、傍にあった思い出。
残酷なほどの鮮やかさで、常に傍にあった思い出。
沈めようとすればするほど、彼女を苦しめた思い出。


それでも、最初はよかった。
その淡い恋心を抱いたまま、
けれど、試験に…聖地に慣れることに精一杯で、気づかなかった。
真実に。


そう、最初は、ただ微笑んでくれることが嬉しくて。
ただ、その瞳に映ることが嬉しくて。
ただ、話せることが嬉しくて。
でも、やがて気づいた真実に、すべては虚像と化す。


気づかなければよかった。
聖地に慣れて、試験に慣れて、余裕がでたころに気づいた真実。
いつも目で追っているからこそ気づいた真実。
真実は刃となってコレットを傷つけた。


コレットはもう一度空を見る。
考える為ではなく、月を見る為に。
満ちた銀の月は、綺麗で…ひどく優しい光を放っていた。


あぁ、貴女みたいだと、コレットは思った。
冷たそうなイメージで、けれど優しいあの人の恋人。
気づいた真実の中にいたヒト。


「アンジェリーク?」


不意に声をかけられて、コレットは振り向いた。
顔を見なくても誰かはわかった。
今まで思いを馳せていた『あの人』。
その人が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。


最後に会えたことに対する喜びと、思いが届かないことに対する悲しみと。
それらが入り混じって、涙が出そうになる。


「明日は、早いんだろう?」


前と同じように声をかけてくれることが嬉しくて。
それでもまだ流れそうな涙をこらえて、コレットは微笑を浮かべた。


これで最後にするから。
今日で、この人への思いは卒業するから。


だから許してくださいと、コレットはそっと呟いた。
月に似たヒトに対する懺悔は、誰の耳にも届くことなく風に溶けた。





やがて思い出は風化し、痛みではなく癒しを与える…







く・・・暗い・・・。どうしましょう、かなり暗いですね、コレ。
オマケを思いつかぬほどに暗い・・・。
久しぶりの更新で、どんな話にしようかと悩んで。
『Graduation』をテーマにしたのが悪かったのでしょうか?
珍しく英語タイトルです。私は英語苦手なのです…。
意味は『卒業』です。
一応、コレットの相手はランディ様のイメージで。
で、ランディ様の恋人はロザリアなイメージです。
にしても、なんだかなぁ〜?
あっ、打ち方を変えてみました。
読みにくかったら戻しますので、意見をお待ちしております。(礼)