苛立っている時に、癒してくれる人が居る。



愛しい人



急を要す仕事が積み重なったり。
更に、そんな時に限って、女王が失踪したり。

溜息を付きたい事態が重なって、ロザリアはその週の休みを返上していた。

空が青くて。
外を走る子供の声が、彼女達の執務室にまで聞こえてきて。

苛立ちは募る。
どうして自分だけ?と思わずには居られない。

普段ならそんな事を思うことも無く仕事に没頭する彼女がそう思う時点で、彼女の苛立ちの大きさが伺いしれる。

それに怯えるのは・・・。

「ね、ねぇ、ロザリア?お茶しない?」

そもそもの現況の女王、ことアンジェリーク・リモージュだ。

上目遣いの彼女にロザリアはいつもならしょうがないわね、と笑ってくれるのに、今日はただ冷たい目で彼女を見た
だけだった。

「陛下、まだまだ書類はありますのよ?時間は待ってはくれませんわ?」

表面上だけ笑顔を繕って放たれる容赦ないトゲだらけの声。
それに誰が悪いか十分分かっているリモージュがなにかを返せるわけも無く、ただ頷くしか出来なかった。

二人は黙々と会話の無い仕事に戻る。
静寂に音は響く。

「・・・ハァ。」

事の他大きく聞こえた溜息に、けれどロザリア自身は気付いていない。
そんな彼女にリモージュは苦笑した。

「溜息。」
「え?」
「今日5度目の溜息よ、ロザリア?」

溜息の数なんて数えていたのか、と感心して、ロザリアはリモージュを見る。
それから何でもないと首を振ると書類に戻ろうとした。
もっとも、書類をリモージュに奪われて結局戻る事は出来なかったのだけれど。

「アンジェ。」

静かに怒気を含んだ声に、今度はリモージュも怯まない。

「ロザリア、やっぱりお茶にしましょう?私、淹れて来るわ。」

そう、一方的に言い放つと書類を持ったまま執務室を出て行ってしまう。
パタンとドアが閉まると同時にロザリアはまた溜息をついた。

別の仕事でもしようかとチラリと積み重なる書類に目をやり、溜息とともにその思いを吐き出した。
イスから立ち上がり、窓辺へ寄る。
二人の執務室の大きな窓から青い、青い空が見えた。

それを見て、ロザリアはまた一つ溜息を落とし・・・。
それと同時にドアが開いた。

「こんにちは、ロザリア。」

ドアが開くと同時に聞こえた声は、リモージュのものじゃなかった。
その声を聞いて、ロザリアはハッと振り返る。
見えたのは愛らしい彼女の恋人。

「マルセル・・・。」
「アン・・・陛下がね。ロザリアが疲れてるからお茶を淹れてやってくれって。」

そう言いながらカラカラとワゴンを押して部屋に入ってくる。
ワゴンから香る、ローズティの匂い。

「ねぇ、ロザリア。どうかした?」

ソファーに彼女を促し、お茶を淹れながら穏やかに問われて。
そのお茶を受け取ると同時にロザリアは何でもないと溜息とともに零した。
それにマルセルが心配そうにロザリアを覗き込む。

「何でもないはずないでしょう?溜息。」
「あ・・・。」

床に膝をつくことも厭わずにロザリアの目を除きこんでくるマルセルにロザリアはまた溜息を吐き出す。
同時にますます深く俯き、マルセルからさえロザリアの表情は見えなくなる。

「今日は、いい天気だと思って。」
「うん、ほんと、いい天気だよね。」
「本当なら、マルセルとどこかへ出かけたかった・・・そう、思ってしまって。」

苦しそうに。
彼女自身の葛藤を表すように続ける。

「そう思ったら、イライラして。アンジェにも酷い態度、とってしまって。」

それを聞いてマルセルは驚き。
同時に満面の笑みを浮かべる。
ロザリアがそんな事を言ってくれるのは稀だったから。

じゃあさ、とマルセルが提案する。

「来週、デートしない?きっと、来週の日の曜日もいい天気だよ?」

その言葉にロザリアはようやくマルセルと視線を合わせた。
微笑むマルセルにロザリアも嬉しそうに微笑む。

「えぇ、きっと。」

そういうと、カップを置いて立ち上がる。

「さて、それでは、仕事、頑張らないといけませんわね。」

シャンと立って。
あぁ、これでこそロザリアだなぁとマルセルが思ってるのも知らずに扉へ向かう。

「アンジェを探してきますわ。そして・・・謝らなくては。」
「うん、いってらっしゃい。」

愛しい恋人にそう背中を押されて。
ロザリアは部屋を出た。