自分はどこか冷めているのだと分かっていた。
だから、こんな自分は、きっと恋なんてしないとも思っていた。
その感情の名は
あぁ、空がきれいだなぁなどと思いながら。
セイランは木々の間から垣間見える空を見上げていた。
(こういう景色も良いね。)
そんな事を考えながら。
「あの、セイラン様。」
目の前に居る少女の事なんて既に眼中に無かった。
というよりは・・・。
(いったい、この子は誰なんだろうね?)
それが少女に対する正直な感想だった。
確かに少しは可愛い。
それでも、女王補佐官殿や、女王候補達でそんなものは見慣れている。
(だいたい、外見なんてどうでもいいしね。)
関係ないのだ、そんなもの。
外見が美しくても醜悪なものは世の中いっぱいある。
(だって、僕は『美しい』んだろ?)
誰かがいった言葉。
外見を指したその言葉は自分にはとても似合わない。
こんなに捩れた精神を持つものの何が美しいのか?
そう思わずにはいられなかった。
それでも律儀に少女に付き合い、こんな森まで来る辺り、彼もいい人なのだが。
「私、セイラン様が好きなんです。」
俯いて、か細い声で。
紅くなっているのが分かる耳。
あるいは、それを見たとき、他の者なら可愛いと思うのかもしれないが。
セイランに湧いたのは、一つの疑問。
「何が?」
「え?」
驚く少女にこそ、セイランは驚いた。
(だって、今まで話した事もない子だよ?)
何を好きだと言うのか。
他の者が綺麗と指す、この容姿だろうか?
「悪いけど、僕は君の事、全然知らないから。」
そう一言。
溜息とともに落としてセイランは立ち去る。
君の事を好きじゃないとか。
あるいは外見で人を判断する人間は嫌いだとか。
そう、本音を言わなかった辺り、やはり自分で思ってるほど、彼の精神は捩れていない。
もっとも、そう誰かが言えば、気まぐれさ、と一笑に付すだろうが。
微かな苛立ちを抱いて、森を抜けようと歩く。
もう、空を見上げる余裕も無い。
何故苛立っているのか、セイラン自身にさえ分からない。
「あら、セイラン?」
「・・・陛下。」
だから、彼女に声をかけられるまでセイランはその存在に気付かなかった。
目の前を通り過ぎる所だったと言うのに。
その存在を認めた途端、セイランは珍しく驚いた表情を見せた。
「どうしてここに?」
「ちょっとね、森を歩きたくなったの。」
ふふっと笑って見せるリモージュはいつもの女王の衣装を脱ぎ捨て、普通の少女と変わらない。
それでも、その笑顔に苛立ちが溶けるのをセイランは感じた。
「セイランこそ、どうして?」
「少し、用があって。」
「そう。もう用は終わったの?」
「えぇ。」
どんな用だったの?と今セイランの触れられたくない事を聞くことは無く。
それなら一緒に散歩しない?と可愛らしく首を傾げてみせる。
それに釣られてセイランは微笑んだ。
「そうですね。いい天気ですし。」
「ふふ。ありがとう。」
「アンジェ〜〜〜!!」
リモージュが礼を言うのと同時に、ロザリアの声が聞こえた。
ビクリとリモージュが強張る。
「ロザリアだわ。」
それでも、名を呼ぶ声に恐れはない。
ただ、愛しげな・・・。
「陛下、逃げましょう。」
それが、何故か苦しくて。
セイランはリモージュの手を捕ると駆け出す。
「え、ちょっと、セイラン?」
リモージュは戸惑いの声を上げながらも着いてきてくれる。
(何をしてるんだ、僕は?)
そう冷静になったのは、先ほどの場所から大分離れたころだった。
息が上がっている。
汗が肌を伝う。
汗をかくのは嫌いだと言うのに、不思議と悪い気分ではなかった。
「セイラン?」
「あ。」
そこでようやくセイランはリモージュの存在を思い出した。
どう言い訳しようかと思う。
ムリやり女王を連れまわして。
場合によっては不敬罪になるかもしれない。
それでもリモージュはふふっと笑って。
ありがとうと呟いた。
それにセイランは驚く。
「え?」
「だって、私が散歩したいって我が侭言ったせいでしょう?」
「違っ・・・。」
違う、と最後まで言いかけて、セイランは飲み込んだ。
では、どうして?と訊ねられても答えられない。
(・・・どうして?)
自問してみる。
浮かび上がる、先ほどのロザリアの声と愛しげなリモージュの表情。
親友同士、心を許しあってる、そんな・・・。
(そうか・・・。)
ようやくわかった。
ロザリアにリモージュを渡すのが嫌だったのだ。
それはもう少し傍に居たいと思ったこともあるけれど・・・。
(僕は・・・。)
「セイラン?」
急に押し黙ったセイランを覗き込むようにリモージュが首を傾げている。
それを見て浮かぶ、温かい感情。
自然と微笑んでしまうような・・・。
「陛下、さぁ、行きましょう?」
そっとリモージュの手を捕って。
セイランは微笑んでリモージュを導く。
(まいったな。)
自分は恋などしないと思ってたのに・・・などとセイランは思って。
それでも、悪い気分ではなかった。
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