自覚した事は、なかった。



ライバル



彼女にとって、その人は気付けば傍に居た。
とても、近くに。
好きだとか、嫌いだとか、そんな感情さえ決めれぬままに。

ライバル。

きっと、それが一番適切な二人の関係を表す言葉だった。
周りが言っていたその言葉を、彼女は甘受、彼も甘受した。

そう、そのままなら、よかったのだ。

レイチェルはそこで重い溜息を付いた。
補佐官室から見える、彼女達の聖地を見やる。
静かな、聖地は、考え事をするには適していた。

そう、ライバルのままならよかった。
けれど、関係は壊れた。
・・・壊されてしまった。

そう、それでも。
その時・・・女王候補となった時は、その重大さに気付かなかったものだ。
ただ、その女王候補と言う栄誉にだけ目が行き、失うものがある事を知らなかった。

知ったのは、失ってから。
それでは遅いというのに。

「はぁ・・・。」

気付かぬうちに、また溜息は落ちていた。
思い出す、女王補佐官になった日のことを。

失って、気付いた。
実はあの人に抱くものがライバルのそれではなかったことに。
実は・・・好きだったことに。

そして、気づいた時には終わった恋だった。
終わったはずだった。

「・・・運命っていうなら、意地悪だね。」

終わったはずの恋の相手が、今日、この聖地に来た。
彼女達の宇宙の守護聖として。
それは、なんて悪戯なのだろう?

「はぁ・・・。」
「随分、深い考え事のようですね?」
「・・・エルンスト。」
「またお会いできるとは思っていませんでしたよ、レイチェル。」
「ワタシもだよ。」

彼女は先ほどまで手を付いていた窓に背を向け、その男を見た。
変わらない。

年をとろうと、装いが変わろうと、変わらない。
彼女の恋したままのヒトだ。

「で、何の用?」

不意に胸の苦しみが襲ってきて、彼女はつっけんどんに彼を見やった。
それでもエルンストの表情は変わらない。
・・・昔から、そうだ。

イヤな男。
そう思いながら、彼女はもう一度繰り返した。

「何の用、エルンスト?」
「貴女の気分がすぐれなかったようなので。」

ヤな男。
もう一度レイチェルは心中で呟き、俯いた。

全てを見透かしたような目で、彼女を見る男。
そのくせ、何も分かっていないのだ。
何も分からずに、彼女を傷つける。
優しさと言う、諸刃の刃で。

「別に、ほっといてよ。」
「・・・レイチェル?どうしたんです?やっぱり具合が・・・。」

俯いたままの彼女に、エルンストは近付く。
その足音に、イライラする。

「ほっといてって言ってるでしょ!?」

悲鳴に似た声と同時に顔を上げた彼女にエルンストは息を呑んだ。
レイチェルの瞳は濡れていた。
今にも、水滴を零しそうなほどに。

「レイチェル?」
「ほっといてよ、もう。」

酷い八つ当たりだと彼女にも分かっていた。
エルンストは、ただ、親切心で彼女に優しく接しただけ。
だけど、それはとても残酷だ。

「ほっといて、もう、帰って。」
「放ってなどおけませんよ。」

また俯いた彼女に、足音が近付く。
エルンストの手が頬に触れた。
それからするりと涙を奪っていく。

「放ってなどおけませんよ、ようやくまた、手が届く所まで来たのに。」

エルンスト手が再び彼女の頬に触れ、上を向かせた。

「・・・帰って?優しくしないで?もう、皆に与えられるのと同じような優しさはイラナイ。」

懇願のように、レイチェルは言葉を搾り出した。

嫌ってくれればいいとさえ思った。
もう、傷付きたくなかった。
もう、優しくされたくなかった。

「私は、どうでもいい人間に優しく出来るほど器用じゃありませんよ。」

青い視線が、レイチェルを捕えていた。
俯いてしまいたいのに出来ない。

「・・・どうして貴女はそうなんでしょうね?」

エルンストが、溜息を付いて彼女を捕えていた視線を外した。
それでもレイチェルはもう、俯けなかった。

「エルンスト?」
「どうしてそうやって一人で悩んで、独りで決めて。」

愚痴のように、小言のように洩らされた言葉は、だけど何故か温かくて。
心地よくて。
思わず期待に胸がはねる。

「レイチェル、私は、どうでもいい人間に優しく出来るほど器用じゃありません。」

もう一度繰り返された言葉に、レイチェルは頷いた。

あぁ、そうだ。
彼女はその事をよく知っていた。
彼が不器用な事など、知っていたのだ。

「だから、皆に与える優しさなど、持っていないのですよ?」

誤解、してしまいそうだった。
都合よく解釈してしまいそうだった。

「この際です、はっきりさせておきましょう。」
「・・・エルンスト。」

聞くのが怖かった。
思わず止めるように名を呼んでしまう。
それでもエルンストの言葉は止まらない。

「・・・好きです、レイチェル。」
「エルンスト?」

現実感がない。
夢だろうか?
虚ろなレイチェルの瞳を見て、エルンストが繰り返す。

「好きですよ、レイチェル。」
「仲間として?」
「いいえ、ただ一人の女性として。」

思わず、抱きついていた。
エルンストの体温が温かい。

「ユメじゃ、ないんだよね?」
「えぇ。返事を頂けますか?」

先ほどと違う涙が、頬を滑る。
レイチェルは抱きついたまま、微笑むエルンストの顔を見上げる。
エルンストの笑顔は、今まで見たどれよりも優しくて。

幸せな気分に満たされながら、レイチェルは返事の変わりにキスを送った。