伝えたい言葉



風が銀の大樹を揺らした。

ただそれだけだと言うのに、コレットはビクリと過剰なほどの反応をして、振り返る。
そして、落胆の表情を浮かべ、また銀の大樹を見上げる。

先ほどから、彼女はずっとその行動を繰り返していた。
風が吹き、草を鳴らすたびに背後を振り返る。
そして失望するのだ。

空はようやく白み始め、人々の起きだす気配のする頃である。
彼女は、もうだいぶ前からここに居て、そして、ここに来た時からずっと同じ事を繰り返していた。

期待と、絶望を何度も、何度も繰り返していた。

もう戻らなくてはいけない。
誰かに、見つかる前に。

コレットは誰にも告げずにここに来ていた。
きっと、もうすぐレイチェルが起きだす。
その時に私室に居ないとまずい事になる。

コレットにはそのまずい事が安易に想像できた。
そう、きっと『女王失踪』ということで大騒ぎになる。
それは避けなければならない。

そう、分かっているのだ、彼女にも。
分かっているのに、名残は尽きず、足は大地に根付いたように動かない。

夢を見た。
懐かしい人の夢を。

いつもと違ったのは、ただそれだけだった。
けれど、その夢のせいでコレットはここに居る。

それは、たかが夢で。
懐かしいだけの、過去で。

けれどコレットにはその夢が、再会の予兆に思えた。
否、そう信じたかった。
そして、信じる事にした。

それほどまでに。
それほどまでに、彼女は彼に焦がれていた。

その手を取らなかったのは彼女なのに。
チャンスを手放したのは、彼女なのに。
なのに、今なお恋焦がれて。

焦がれずにはいられなくて。
あの時のことを、後悔して。

コレットは一つ息をはいた。
思いを断ち切るように。

そして、今度こそ大樹から離れるべく、彼女は大樹に背を向けた。
それでも、夢から、希望から覚めるのを惜しむように俯く事は止められなかった。
まだ、もう少しだけでも、夢見ていたかった。

その、彼女の落とした視線に。
一対の足が見えた。
ドキリとコレットの胸がなる。

「よぉ。」

風が吹いた。
なのに、その声は消えずに彼女へと届いた。
期待にはねそうになる心を、コレットは戒める。

先ほどまで夢見たいと願っていたはずなのに。
なのに今、彼女は絶望を恐れた。
夢見た後の、絶望を。
だから、幻よ消えろと祈った。

下を向いたまま、コレットはギュッと強く目を瞑った。
真実に目を向けるために。
・・・幻を消し、絶望を味わうために。

「おい。」

間近に聞こえた声に、コレットは一つ息を吐き出してから瞳を開いた。
緑の瞳が顕わになる。

先ほどまでの足は、まだあった。
先ほどよりも近い位置に。
その事に安堵して、それでも安堵しきれなくて。
コレットは覚悟を決め、思い切って顔を上げた。

そこには・・・。

焦がれた人の顔があった。

「久しぶり。」
「あぁ。」

会話は、普通に出来た。
コレットは女王になって板に付いた微笑を浮かべる。
微笑を浮かべるのも、何とか出来た。

けれど、気をつけなければ声が震えそうだった。
笑みが、崩れてしまいそうだった。

「元気だった?」
「まぁな。」

(違う、そんな事じゃなくって。)

アリオスの答えに安堵しつつ、心が叫びをあげる。

話したいことがたくさんあった。
アリオスが居なくなってからの全てを、彼に伝えたかった。
けれど、それよりも。

伝えたい言葉があった。
伝えなければいけない言葉がある。
それは、彼が帰ってきたら、一番に言おうと思っていた言葉だ。

「おかえりなさい。」
「あぁ、ただいま。」

コレットは答えを聞く前に抱きついていた。

一番に言いたかった。
あったら、最初に言おうと思っていた、笑顔で。
けれど、コレットの浮かべていた微笑は、涙に消えていた。

そんなコレットをアリオスが抱きとめる。
そして、愛しげにその髪を撫でる。
それは、まるで彼女がここに居る事を確かめているようだった。

そんなアリオスの優しい体温に包まれ、もう一度おかえりなさいと呟き。
コレットはひとしずくだけ、涙を流した。







と言う訳でアリコレです。
王道CPで、ワリと書きやすかったです。
とかいいつつ・・・って感じですが、まぁ、そこら辺は諦めてください。(死)
最初に考えていたものと、だいぶ感じが違います。
ので、いつか、原案の方もUPしたいです。